「どうせ一年生は売れないから、オンナは俺たちが調達してくるから友人を連れてこい」 そういって、スキー部の先輩が<パー券>(ダンスパーティーの入場券)を5枚くれた。
それには「春のダンスパーティー 主催:慶応大学SKBスキー部 日時:5月10日、19時~21時 会場;大東京ホテル 黄金の間」と印刷してあった。
◆翌日、同級生の山岡に見せた。
「なんだそれ」
「ダンスパーティー」
「ダンス、出来るのか」
「まさか」
「そうだろうな」
「でも、先輩が女子大生がいっぱい来るから、男を集めろと言われたんだ」
山岡は「女子大生」という言葉を聞いて、目を輝かせた。
「女の子を紹介してくれるのか」
「もちろん」
自信はなかったが、チケットを渡すのと、少しの優越感でそんな言葉が口から出た。
山岡は目の前のチケットをもぎ取った。 田舎の男子校出身の山岡もテニス部に入れなかった<あぶれ者>だった。 「男同士で楽しめばいいんだ」と意地を張っていたが、心の中は違っているようで、 いつもキャンパスを仲良く歩くカップルを羨ましそうに見ていた。
「わからんけど。もらっとく」
「来てくれよ」
「わかった」
山岡は照れ臭そうに笑みを浮かべ、それをポケットにしまった。
そんなこんなで、5枚はけた。
先輩に友人に渡したと告げたら、「君にも女子大生を紹介してやるから」といってニヤッと笑った。
「いや、いいです」 と心にはない事を言ってみたものの、自然と頬が緩む。
翌日キャンパスで山岡に呼び止められた。
「ダンスパーティーってどんな格好をしていくんだ」
「入学式のとき着ていた格好でいいんじゃないか」
先輩に尋ねたときに言われたままに答えた。
とはいったものの、友人も自分もダンスなんてやった事がない。
―ダンスってどうやるんだろうー
不安感が日に日に増してくる。
◆授業が早く終わったので、電話帳で調べておいた渋谷駅から少し離れたビルの2階にあるダンス教室を訪れた。
心臓がドクドクと音をたてている。
思い切ってドアを開けると、美しい女性がダンスフロアでゆっくりと鏡に映る自分の姿を見ながら踊っていた。 ピンクのワンピースの裾にフリルがつき、ウエストをキュッと絞り、胸元が少し開いていた。
「すみません」
遠慮がちに声をかけた。
「はい」
その女性は、僕に気づくと踊るのをやめ、振り向いて笑みを浮かべた。
「なにかしら」
「あのー昨日電話した者です」
「あ、そう。そういえば,明日大学生が来るかもしれないって話していたのは君の事かしら」 そういいながら、目の前まで歩いてきた。 香水の甘い匂いがふわっと僕の体を包み込んだ。 頭がボヤっとしてくる。
「は、はい」 いきなり目の前まで近寄って来たので焦って言葉が上手く出ない。
「どこの大学なの」
「慶應大学です」
「あら、そう。慶應大学のダンス部の人たちとはよく踊ったわ」 その女性はどこかの大学のダンス部のOGらしく、懐かしそうに語りかけてきた。
「ダンスは始めてなの」
目の奥をじっとみつめた。
「は、はい」 この間は大学のキャンパスで女子大生のくったくのない笑顔に心を奪われたが、今度は目の前にいる魅惑的な肢体のチャーミングな女性に見つめられ、心がどこかに飛んで行ってしまった。
「じゃあ、これに名前と住所を書いてね」
入会申込書と書かれた紙を渡された。
◆そして言われるままに入会金1000円を払い、4000円分(30分×4回)の回数券を買った。 銀行で引き出してきたお金が殆どなくなった。
「じゃあ、こちらに来て」
「このままでいいのですか」
「いいわよ」
その女性は「カツ、カツ」と音をたてて板張りのフロアの真ん中まで歩くと振り向いた。
「はい、こちらに来て」
その女性に言われる所まで歩いて行った。
「それでは、気をつけ」
小学生のように号令をかけられたので、慌てて背筋を伸ばした。
「良くできました、じゃあステップを教えます」
なんか小学校の先生の前にいるようだが、相手の方が年上だし、実際教えてもらうのだからしょうがない。
「じゃあ、私と同じように足を動かして」
そういうと「ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー」と声を出しながら足を前後左右に動かした。
「これはボックスといって、一番最初に覚えるステップ」
左足を前に出し、次に右足をその左足の横を通過させてから左足と同じ位置の右側に置いたら、今度は左足を右足の横につける。 次に右足を真後ろに下げて、今度は左足を右足の横を通過させてから、最初に立っていた位置に戻し、それに合わせて右足を左足の横につけた。
最初はゆっくりと、その女性の横ですらっと伸びた美しい足を見ながら真似をした。
「あら、うまいじゃない」
褒められて顔が紅潮した。
「今度は一人でやってみて」
先生は僕の前に立って、「ワン、ツー、スリー」と声に合わせて手を叩いた。
見られているのを意識すると少し足がもつれたが、すぐに慣れた。
「今度は一緒にやってみましょう」
ゆっくりとした音楽が流れ始めた。
「ハイ、こちらに来て」
先生がフロアの真ん中に立って、両手を広げた。
近づくと甘い香水が匂ってくる。
先生はすぐに右手で僕の左手をとると肩の高さまであげ、左手をウエストに回し「グイッ」と先生の方にひいた。
僕の体が引っ張られてぶつかりそうになったので、足を踏ん張った。
「力を抜いて。もっと楽な姿勢で」
そうはいっても体が固まっている。
「息を吐いて」
フッと吐くと体の緊張が取れた。
それを待っていたかのように、先生はまた「グィッ」と腕に力をこめて僕の体を引き寄せた。
下半身が触れたので慌てて腰を引っ込めた。
すると前のめりになり、頭が相手の胸に少しあたった。
「体はまっすぐにしてね」
「は、はい」
といったものの手が震え、体がまたコチコチになった。
「そんなに体を固くすると動けないわよ」
肩の力を抜いた。
そのとき先生が、右足をいきなり僕の左太ももの内側につけてきた。
「あっ」
一瞬声が出た。
「だから力を抜いて」
そういわれたが、下半身が反応してしまった。
なんといってもまだ二十歳前の青年なのだ。
思わず唾を呑み込んだ。
それからは操り人形のようにフラフラと手を引っ張られながら動いていた。
ダンス教室を出た後も、香水の甘い香りが鼻の周りにまとわりつき、先生のしっとりとした手と柔らかい体の感触が残り、くらくらした。
そして、それはお風呂に入っても取れなかった。
その日、先生と体を<ピッタリとくっつけて>抱き合ったまま、いつまでもダンスをする夢を見た。
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