成人式ってなんなんだ

昭和の男

今年は<成人式>が変わった。                                  <成人>が今年から20歳でなく18歳になったからだ。                                            そもそも<成人式>ってなんだろう?

【成人式の歴史から考察】                                            元々成人式というのは「大人になるための儀式」、江戸時代でいうと「元服」ということになる。                                                         年齢も11歳から16歳くらいで、一種の通過儀礼としてあった。

元服

<1>現代の成人式は、1946年11月22日、埼玉県北足立郡蕨町(現:蕨市)において実施された「青年祭」がルーツとなっているようだ。

<2>戦後1948年の祝日法で1月15日が成人の日と定められた。

<3>そして、<酒><タバコ><結婚>が許され、<選挙権>が与えられる年齢だという事が定着し、役所主導で<成人式>なるものがされるようになり、地元の政治家が選挙目当てに<祝辞>を述べにやって来た。

成人まで我慢

そして、それを後押しするものとして、当時の文部省、教育委員会の後援のもとNHKは「青年の主張」という番組が1955年からラジオ放送で、1959年からはTV放送で開始した。                             これは<大学>に行けない<勤労青年>の不満をすくいあげ、社会の中での彼らの存在意義を大きくアピールすることにより、彼らを雇用する大人達の心を満足させるような内容が殆どだった。

「私は・・・のような不利な状況にある」「だが、・・・のような気持ちで頑張っている」という事を二十歳の青年が<切々と訴える>パターンだったように思う。                                 おそらく戦争を体験した大人達には受けたのだろう。国民的番組「青年の主張」が映してきた若者と日本社会の半世紀(佐藤 卓己) | 現代ビジネス | 講談社(3/3) (gendai.media)

日本航空機での成人式

そんな<成人式>も、1989年の昭和最後の年と共に終わった。                          

                                                     <私の経験>                                                  1970年に高校を卒業した私にとっては、それは1966年中央教育審議会が答申した愛国心育成を強調した<期待される人間像>と同じで、当時の大人達が自分たちに都合の良い人間を作ろうとしたものとしか思えなかった。

なんで、こんな訳の分からない事を大人達が一生懸命になって所謂<思想教育>といわれてもしょうがない事に一生懸命になるかというと、当時の青少年が大人達の知らない世界に踏み出していた事からくる不安ではないかと思う。                                              それは我々の世代が<かれらの期待できない人間>になろうとしていたからだろう。

我々が青年になった1960年代から1970年代にかけて社会は急速に変化した。                         戦後生まれの我々は親たちの身に染みついていた<教育勅語>も<戦前の道徳>も<長幼の序>も関係なかった。心を動かされたのは、TVから流れ出てくる音楽やファッションであり、自由だった。                                                     既に40歳を過ぎていた大人にはビートルズもグループサウンズも長髪もヒッピーも受け入れられなかった。NHKの紅白歌合戦ではグループサウンズを不潔だという理由で出さなかった。(「ブルーシャトウ」を歌ったブルーコメッツは長髪でないので出演した)

そして1960年代の後半からは全国の大学で紛争が起き、1969年にはそれは高校にも及んだ。                                                                                     私はそれから2年後大学生になっていたが、成人式の案内は来なかった。しかしネットで検索すると成人式はやっていたようだ。  

<4>1980年代の成人式は、学園紛争当時のように社会のしきたりに反発することもなく、かといってそれ以前の押しつけ的な儀式でもなく、若者は<しらけ世代>といわれたように、淡々と参加していたように思う。 

成人式

<5>2000年頃から<荒れる成人式>が話題になるようになった。                                                        何故、荒れるのかはあまりよく分からないが、おそらく「大人になったから良いことがあるとは思えない」という将来への希望を持てない多数の若者の鬱憤を晴らす場所になってしまったのではないか。                                             少なくとも、<荒れている>新成人には、受験戦争に勝ち抜いた若者スポーツエリートといった将来を夢見ることが出来るような若者はいないように思えた。                                     そして戦後暫くの間あった<社会道徳的な規範>もなくなった事も影響していると思われる。 橋下市長 成人式でブチ切れ「出て行きなさい!」 | 東スポWEB (tokyo-sports.co.jp)

荒れる成人式

<5>コロナ禍の成人式                                                                   ここ2年ばかりのコロナのおかげで<成人式>のような人が集まる儀式は下火になっていた。                                                                本年は嘗てよりコロナ陽性者が多いにも関わらず、なんとか挙行するところが多い。                                             コロナ前までは、高校を卒業した<若者達の再会の場>であり、女性にとっては<着物のファッションショー>的な意味しか持たなくなっていたように思う。 

                                                   

             

 

                                    

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